自己愛者はターゲットの大事な日を台無しにしようとする

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自己愛者はターゲットの大事な日を台無しにしようとする モラルハラスメント
自己愛者はターゲットの大事な日を台無しにしようとする

自己愛者が望んでいること、それは自分の周りの人間が自分よりも相対的に不幸であること。また、自分の機嫌をうかがって自主的に奉仕してくれる人間がいることです。

自己愛者は自分自身で幸せを味わうことができません。
外的価値や人間関係へ過度に依存するのは、それらを利用することで自己陶酔的な欲を刹那的に満たして自分を慰めて生きているからです。

自己愛者の前に幸せを味わっている人間がいること。
自己愛者の前で成功を掴んでいる人間がいること。
自己愛者の前で「その人の人生に集中していること」。

こういったことは、いつも人と比べてばかりいる自己愛者にとっては「お前は私よりも下だ」「お前は重要ではない」と見せつけられていると感じられるようです。

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試験・誕生日・結婚式・イベントなどを台無しにしようとする

人生の中には、節目となるような大事な日がありますよね。

その後の人生が大きく変わる可能性がある日。
人生の門出を祝う日…等々。

自己愛者にとって他人のこういった日は「自分を差し置いて幸せになろうとする日」です。
また、執着している対象から「あなたと私は違う人間である」と宣言されるような心地です(自己愛者にとっては見捨てられたような気持ちになります)。

ですからまさに面白くないの極み。潰すべき日として認識されてます。
口では応援している素振りを見せることもあるかもしれませんが、応援することはありません。

「失敗して欲しい」ので、「病気になれ!」「ケガをしろ!」「他の予定で潰れろ!」「全然楽しめ無くなれ!」などの願望を持ちます。
そして、何らかの行動によって邪魔をしてきます。

皆様の体験にもありましたが、自己愛者のターゲットとなる人が大事な日に集中できなくなるようなトラブルを起こす、というのはよくあります。

私の周りでも、大事な日の前日に自殺未遂という件がありました。
自己愛者は「いつも第一優先を自己愛者にしてもらいたい」ので、自己愛者を放置して自分の人生に集中されたくないのです。

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なぜか七五三や記念撮影日の前日に断りも無く孫の髪の毛を切る祖父母が結構いる

先日Xで話題になってました。
ほんの短い時間預けたら、全く切る必要もない髪の毛がズタズタに切られてしまったという事件。

そして出るわ出るわの同様の体験談です。

被害に遭われた皆様の多くは、イベントの前日や準備期間に同様のことをやられていました。

ここで重要なのは、何故かタイミングがピンポイントで前述のような時期であること、です。
まさに取り返しがつかない最悪のタイミングを狙ってやってきます。

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「髪が目に~」などと言い訳は色々とするでしょうが、本当の理由はそこではなく、バウンダリーを侵して相手のテリトリーを支配しようとする行為であるということです。

祖父母によってズタズタに切られた髪の毛で撮影される、ということは、「自分を差し置いて楽しそうに企画されていたイベントに影響を与えた証拠が残る」ということでもあります。

こういうことをしでかす祖父母にはもともと「自分にもこの子に対する権限がある」ような感覚を持っています。
「自分をないがしろにされてきたような被害者意識」が根底にありますから、こういった残る行為によって相手のテリトリーに「ここは自分のテリトリーである」とマーキングをしているようなものです。

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自己愛者は常に自分が一番でないと気が済まない

冒頭に

>自己愛者が望んでいること、それは自分の周りの人間が自分よりも相対的に不幸であること。また、自分の機嫌をうかがって自主的に奉仕してくれる人間がいることです。

と書きました。

 

自己愛者は身体は大人ですが、精神的には「足るを知る」ことなどまだない乳幼児です。

相手の都合や相手の人格などは認めず、「自分を一番に構ってもらいたい」「自分のわがままを際限なく受け入れてもらいたい」「自分の不快は相手の責任のもとで取り除いてもらいたい」という段階にいます。
大人同士でこれを望んでいる、ということは自分専用の奴隷が欲しい、ということとほぼ同義です。
しかし、奴隷が欲しいとハッキリ言うわけではありません。そうしてもらえるように相手を操作するような行動をとるのです。これがモラハラは洗脳やマインドコントロールの類だということです。

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「子どもが生まれたら構ってもらえなくなって不満だったから数十年完全無視し続けた夫の話」がありました。

無視はモラハラの一種です。
他にも、不機嫌をあらわにして察しろオーラを振りまいたり色々な例がありますが、要は相手に罪悪感やショックを与えるなどして無理やり自分に関心を向けさせ操作しようと試みているのです。

もちろん、「相手の責任のもとで自分が快適であるべき」が」根底にありますから話し合いなどはしません。「相手が察して自主的にそうせよ」ということなのです。
乳幼児が感情で親をコントロールしようとするのと同じです。

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自己愛者は執着した対象の人の人生は自己愛者のために使うべきだと無意識で思ってます。

健康な人には理解できない自己愛者の起こす「トラブル」の多くは、操作のために行われた行動であることが殆どです。

理解できないと「なんで!?」となりますが、相手の願望を知っていると理解できてきます。また、予測を立てることも可能になってきます。

そういう人がいる、ということは是非知っておいてください。
そして、あなたの人生やあなたの大切な人を守るためにも、大切な日や大切にしていることを共有する相手にも気をつけてくださいね。

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