自己愛性パーソナリティ障害は発達障害をいじめのターゲットにする

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自己愛性パーソナリティ障害は自分がない&自分があるように他者からは見える発達障害

自己愛性パーソナリティ障害(自己愛性人格障害)の大きな問題は、「究極なまでに自分が無く他人の評価で自分の存在を測っている」ということです。

自己愛の人達の困った行動の理由は「自分が特別である必要がある」ため。しかし、それを求めるのに必要な心が育っていません。負の感情を自分の中で処理できないという、幼児で人格の発達が止まった状態であることが様々なトラブルを巻き起こしていきます。

ヒーローごっこをして、負けると癇癪をおこしていたあの頃と同じまま体だけ大人になってしまった状態が自己愛性パーソナリティ障害なんですね。

見た目は子供、頭脳は大人!がコナンですが、自己愛性パーソナリティ障害は見た目は大人!頭脳(心)は子供!です

心が未成熟なため、自分が無いんですね。

対して発達障害は、「他人の目を気にせず(気にすることができずに)に自分の興味にしたがって没入する」という特性があります。

自己愛性パーソナリティ障害が異常に気にして必死で守っているものを、全く意に介さずに生きている(ように見える)人種です。

軸が真逆なんですね。

発達障害の場合は五感が定型発達と違い、感覚過敏や感覚鈍麻、集中を自分でコントロールすることに難しさを抱えています。

そもそも生活に困難を来たしていても「集中を止めることができない」という問題を抱えているからこそ「自分の意図とは無関係に没頭してしまう」という状態だったりしますが、こういった(自己愛性パーソナリティ障害の視点で見て)他者からの評価ありきではない能動的に見える姿勢が自己愛性パーソナリティ障害にとっては妬まく映ります。

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自己愛性パーソナリティ障害は幸せにみえる人間に嫉妬する

自己愛性パーソナリティ障害には自分がありません。常に人との比較で自分の存在を肯定しようと生きています。ですので、発達障害の人達の楽しそうな様子に嫉妬しています。

そして、自己愛性パーソナリティ障害は幸せを感じることが難しい状態にありますが、それを自分で受け入れることすらできません。

自己愛性パーソナリティ障害は人格形成に失敗しており、自我が確立しておらず非常に不安定な状態にありながら、自分で自分を見つめることが出来ないので自分が惨めになる現象に出会ったときはそれを否定するための行動に出ます。

自身の価値を感じられるように必死で自分を「価値の高いもの」にしようと生きている中で、人の目を気にしないで幸せそうにしている存在を目の当たりにしたパーソナリティ障害は、どうしても相手を「価値の低いもの」にしなければなりません。

僕がこんなに苦しい思いをして社会(母子分離に失敗しているのでママのような存在)に認められるヒーローになろうとしているのに、目の前で他者の目を気にせず楽しそう&幸せそうにしている奴がいる!

いじめっ子はよく「アイツを見ているとイライラする」と言いますが、それもそのはず「存在そのものが自分の存在を脅かしているような気がする」からイライラするんですね。

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発達障害の知的好奇心や探究心により、それで本当にスキルを身に着けている場合などは憎しみ倍増です。

自己愛性パーソナリティ障害もですが、基本的に定型発達の人達は社会的な評価・報酬をより重視する傾向にあります。嘘も方便。成功するために行動することができます。

対して発達障害はどうでしょうか。定型発達の様な複雑さを持ち合わせていません。お世辞もろくに言えず(嘘がつけない)思ったことを口にするから空気が読めないと評されます。そして特有の過集中・クレイジーさの結果として、本人が望む望まないに関わらず成功を手にすることもあるかな?といったところですね。

社会的な報酬に関する感じ方として分類するともはや人間の種類が違います。

社会的な価値基準により認められるために必死で頑張って成功することもあるのが自己愛性パーソナリティ障害であるのなら、興味に対する衝動を自分でコントロールすることが難しいが故に、認められるとか認められる関係なしにやりたいことをやって成功(することもある)タイプの人間が発達障害です。

実際は発達障害が生きやすい世の中では全然ないのですが、「いい思いしかしていないように見える人間が目の前にいる」という自己愛性パーソナリティ障害目線の認めたくない現実がそこにはあります。

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受け入れたくない現実を否定する自己愛性パーソナリティ障害

心が受け入れられない場合、現実の方を破壊するという習性を持っているのが自己愛性パーソナリティ障害です。

現実の破壊、とは「劣等感を抱かせる人間の脱価値化(価値を値引くこと)」です。

いじめですね。

発達障害の人間がいじめられやすいと言いますが、そもそもいじめをするのは自己愛性パーソナリティ障害か、それに準ずる精神状態の人間です。

したがって、自己愛性パーソナリティ障害が自分の存在を否定されるような気分になる相手=発達障害の人間をいびって「自分が正義である」と主張しようとする行為は実に理にかなった動きになります。

また、ターゲットとなりやすい発達障害には、定型発達の中で無理をして適応することを求められ過剰なストレスを抱え、否定されることが多い環境などから自己肯定感を著しく下げてしまっているケースが少なくありません。

低い自己イメージは「自分が悪い」という思い込みに繋がり、自己愛性パーソナリティ障害のような攻撃的・支配的な人間からの粗末な扱いを受け入れやすい土壌をつくってしまうことも、いじめられやすい大きな要因となってしまいます。

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コメント

  1. おっこちゃん より:

    6/15の一連の記事に感謝します。なぜ?という疑問の答えを掘り当てたような気分です。
    善人のように見せながら実はいじめていた人たちを何とか善意に受け止めようとして永久ループにはまっていました。
    お助けおじさんおばさんの存在も膝を打つものでした。
    これからさらに調べたり考えたりするための強力な気付きを与えられて前に進めます。
    ありがとうございました。

    • kinimini より:

      お役に立てて光栄です。
      被害に遭うと混乱しますが、是非実りあるご自身の人生を歩まれてください。
      応援しています。