何故、自己愛的な加害者の言うことを信じるのか?

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いただいたコメントに共感いたしましたので、「こういったケースは本当にある」ということでご紹介させていただきます。

こちらの記事へ、久様からのコメントになります。

やってないこと&言ってないことをやったこと&言ったことにされる
モラルハラスメントの被害には特徴があります。それは、被害者はやってもいないことや言ってもいないことをやったこと・言ったことにされて批判される。ということです。モラハラ加害者は罪を捏造するモラハラ加害者の目的は、自己陶酔的なエネルギーを摂取す...

自己愛性パーソナリティ障害から被害を受けています。

実際にはSNS上の交流も一昨年から全く無く、全く実際に会った事すら無いのに、加害者から性被害を受けた様な事実無根のデマを捏造され、悪評を流され、周りに信用されてしまい、セフレ、軽い、尻軽、穢れてる、安物、等の事実無根の侮辱を書かれ、名誉毀損されました。

なぜ会った事も無いのに、加害者の一方的なデマがこれ程信用されてしまっているのか、悪評の出処やその嘘を信用されてしまう根拠がわかりません。

こちらのケース

自己愛者(医師でないと診断ができないので、素人目から見て自己愛性パーソナリティ障害の診断基準を満たすような振る舞いのみられる人をそのように表現してます)の被害に遭った人ならおわかりいただけるかと思います。

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自己愛者の周りで起こること

自己愛者の周りでは、自己愛者を中心として「認知を弄る」ということがなされます。

「Aはこうである」

という認識を持っていた人物がいる時、自己愛者は嘘も織り交ぜた様々な情報を吹き込んで「こうである」のところを書き換えていきます。

 

「何に対して好意を持つのか」「何に対して嫌悪感を抱くのか」「何を信じるのか」…こういったところに介入してコントロールするのが自己愛者です。

その時に利用するのは情報だけではありません、人が持っている感情、罪悪感、良心、嫉妬心、加害欲等、あらゆるものを利用します。

 

なぜこんなに一方的な事実無根のデマが信用されてしまうのか?

―それは、コントロールしやすい人間をターゲットにして取り込んでいるためです。

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人間関係に支払うコスト

人間関係を良好に保つためにはコストが発生します。

それもあり、信頼関係というのはすぐに築くことはできません。

 

知らない人なのに一方的に悪評を信じる。この時、何が起こっているのか?

デマを吹き込んだ人間とデマを吹き込まれた人間では、その時点での信頼関係はそれぞれのケースで異なります。

良好な関係を保つためのコストを考えた時、「それが真実であるかどうか」を気に掛けて行動するのはコストです。それを支払うかどうか?でまず行動が分かれます。

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<ケースによる対応の違い>

①デマを吹き込んだ人間Aと悪人に仕立て上げられた人間B、両方とも重要でなければ「どうでもいい話」として処理されます。

②デマを吹き込んだ人間Aとの関係が既にある程度深まっていて、悪人に仕立て上げられた人間Bのことをろくに知らなければ、「デマを吹き込んだ人間Aの心のケア等」が優先されます。人間Bは他人ですから介入する立場にありません。人間Aの愚痴聞きです。ただ、介入せずとも人間Bの印象は悪くなります。

③デマを吹き込んだ人間Aの信用度が低ければそもそもそのデマは信用されずに終わります。

④デマを吹き込んだ人間Aと悪人に仕立て上げられた人間Bどちらもある程度の関係があった時に初めて「それが真実であるかどうか」を確認するコストを払おうとする人が出現します。しかし、このコストを払いたくない人は厄介ごとを避けてAとB両方からそれとなく距離を置き「私は関係ない」という立場をとります。

⑤悪人に仕立て上げられた人間Bとの関係の方を重要視する場合、デマを疑い、Bに話を聞きます。これはBとの関係にコストを払っている状態です。

 

このケースでは②が近い状態にあります。

しかしここで問題となるのは「なぜ赤の他人がBに対してわざわざ攻撃的なアクションをとったのか?」ということです。この時点でバウンダリーオーバーです。

これはアクションをとった人間C自身が、Aが望んでいる攻撃を代行する取り巻き(フライングモンキー)になっているということです。バウンダリーに問題を抱えている、加害欲を抱えている、等アクションを起こす要件を満たしているからこういった行動をとっています。

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受容と供給

自己愛者は人との比較でしか自分の価値を感じられませんので、誰かを貶すこと・コントロールすることで優越感を得るなどし、自分を肯定するという仕様になっているヒトです。

ここでは、デマを吹き込む自己愛者Aは、Bを貶すことでエネルギーを得、Cらをコントロールすることでもまたエネルギーを得る、ということをしています。

そしてコントロールされるC自身もまた、自己愛者と同様の不健康なメンタルを持っています。自己愛者Aの提供する「Bは貶してもいい人間」という機会に食らいついて、自己愛者Aと同様にエネルギーを得ているのです。

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なぜ会った事も無いのに、加害者の一方的なデマがこれ程信用されてしまっているのか、悪評の出処やその嘘を信用されてしまう根拠がわかりません。

これはまともな人間関係を前提に考える人の感覚ではそう思うと思います。私もそう思ってました。「私はそんなデマを信じられてしまうような人間に見えていたのか?」と。

しかし、実際はAの言うことを信用した、というよりも「自分の欲を満たせる機会があったから利用しただけ」です。他害的なバウンダリーオーバーを簡単にしてくる時点で、まともな信頼関係を育める健康なメンタルではありません。支配欲や加害欲を抱えて発散することを習慣化している程度にはイライラしてますし、行為に依存している傾向もみられます。

これはコメントにいただいたような純粋な侮辱でないケースでもそうです。

「Aを酷い目に遭わせたBを許せない!」と、CがBを正義の名のもとでぶん殴る、というのもよく見られます。これもそうすることでBよりも上の自分を感じたいCの欲が根っこにあります。真実はどうでもいいのです。都合の良いことを真実だということにして殴りたいのです。ある程度の知能がある本当の善意の人であれば、殴る前に詳しく事情をききます。殴ることに責任が発生することも知っていますから。

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まとめ

自己愛者はよく取り巻きを使って攻撃しますが、いい大人で取り巻きになる人もオカシイです。

自己愛者による被害は事故です。自己愛者の前にあなたがいた。自己愛者の周りに取り巻きになる人間がいた。たったそれだけで被害は大きくなります。

被害が深刻であればあるほど、被害者自身が自分を疑うようになってしまいますが気を確かに持ってください。

バウンダリーオーバー、一方的にデマを信じて攻撃…そういったことのどれもがまともな行為ではないということです。まともな行為ではないことをしてくる人の言うことを真に受けてはいけません。

結局気持ちよくなりたくて人を攻撃しているのです。開示請求などをされて損害がチラついたらいきなり態度を変えてくるということもよくあります。

相手を心をもった健康な人間だという前提で見ていると、理解できない行動があるかと思います。実際、自己愛者は健康ではありません。独特な世界の見方をして生きており、独特な人間関係のパターンで生きています。そのパターンを知り、なるべく影響されないことが自分を守るために大切です。

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