自己愛性パーソナリティ障害は治るのか?自覚できるかが鍵

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自己愛性パーソナリティ障害は、一般的には「治らない」と言われています。
それは、自分にとってのネガティブな評価は受け取ることが出来ないという障害の特性によるものです。

ただ、たまに自己愛性パーソナリティ障害を治した、という人はいます。
ですので、自分が自己愛性パーソナリティ障害である、ということを認識して治療に励むことができる人は治せる可能性があるのでしょう。

自己愛性パーソナリティ障害の程度問題

自己愛性パーソナリティ障害にも、ひどい場合とひどくない場合があると感じます。

自己愛性パーソナリティ障害の被害にあった人も自己愛性パーソナリティ障害のようになってしまうことがあります。
生粋の自己愛性パーソナリティ障害の行動を見分ける、ということが診察時間内だけで可能だとは思えませんので、こういった被害者の自己愛化も、ざっくりと広く「自己愛性パーソナリティ障害」として診断される対象になるでしょう。

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私自身、自身がいじめの被害の後遺症を引きずりながら家庭内暴力に遭っていた頃は今思い返すとおかしかったですし、自己愛性パーソナリティ障害だったのではないかと思います。

無価値感と共に「自分の価値を証明する必要がある」と感じていましたし(自覚あり)、ワーカーホリックのようにがむしゃらに何らかの役割に没頭し、「正しさ」を振りかざしていました。また、自分よりも優れている特技が無い人を見下してもいました。典型的なパワハラタイプですね。リーダー的な役割を担うことが多かったですが、実際怖がられてもいました。そして、自分の失敗を謝るような場面では強い恐怖感に支配されて死にたくなるような感覚を伴う状態でした。実際、否定されると混乱して自傷行為をすることもありました(人前ではしない)。

その後、支配する立場で自分が望む人間関係を得られないことを学習した私は、被支配の立場に堕ちて、長らくターゲットにばかりなる生活を何年も続けますが、健全な人間関係を学習する機会に恵まれて、現在は無価値感などに苛まれることもなくなりました。

こういった過去を踏まえれば、私も「自己愛性パーソナリティ障害が治った」一例であると言えるでしょう。

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鍵となるのは「自覚できるかどうか」

生粋の自己愛性パーソナリティ障害は、防衛機制が病的です。

まず無価値感を自覚すること自体から逃避しているようで、自分の価値について不安に感じるようなシーンの記憶が無くなります。

少なくとも、私自身は記憶がなくなるというのはありませんでした。自分がやらかしてきた他人に対するひどく傲慢な態度や高圧的な態度も、今もはっきり覚えていますし、申し訳なかったと思っています。後からどうにも気になって謝ったこともありました。当時は頭に血が上っていてコントロール出来なかったことですが、きちんと記憶はあります。

ところが、重度の自己愛性パーソナリティ障害の場合、まずそういったことを自分で認めることが出来ないんですね。

今まで関わってきたホンモノは、例にもれず記憶が歪みます。都合の悪い記憶は忘れてしまいますし、都合よく書き換えられてしまうんですね。

また、おそらく軽度であった私には「自分の無価値感を埋めたい」という自覚がありましたし、「恥」に対する罪悪感は持っていました。

ところが、重度の人たちに共通するのは、記憶が歪むなどに特徴づけられますが、「恥」そのものを認識しないという防衛機制が働きます。

行動や思考を矯正していく過程において、そもそも自覚できるかどうかということはとても重要です。認知の歪みは、自分の認知は歪んでいると自覚できるから修正することが可能です。

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当時の自分の傲慢な態度を思えば人のことを言えた義理ではないのですが、自己愛性パーソナリティ障害の中でも、より重度で病的な人が本格的なモラルハラスメントを行うように思います。少なくとも「恥」を認識できる人間は、記憶をいじったりしないのでそこまで常軌を逸したことはできないのではないか、と個人的には思います。

自己愛性パーソナリティ障害は、ショックを受けて混乱しているような状態では自覚が困難です。

ただ、私自身が改善してきた流れとして、自分の無価値感を癒やすことが確実に回復の手助けになりました。治せるぐらいの軽度の自己愛性パーソナリティ障害は、自分の人間関係が上手く行かないことも、自分が寂しいということも、自分がどこか欠陥人間なのではないかということも自覚しています。自覚できているのでれば、本人にある無価値感への対処が治療には有効だと思います。

重度の自己愛性パーソナリティ障害は、「恥」の自己処理が不可能なため、恥の投げ下ろし先の他者を常に必要とします。そのためにターゲットを見つけ、ターゲットをゴミ箱にします。

もし身近な人が自己愛性パーソナリティ障害かなと思ったら、その人にとっての都合の良い記憶の改竄があった場合の治療は難しいと思った方がいいでしょう。もし、記憶の改竄がなければ、その人自身の無価値感とその背景にその人自身が向き合うことで、認知のゆがみを少しずつ修正していくことができる可能性があると、自身の経験をふまえて思います。

※注意喚起として。「あなたは自己愛性パーソナリティ障害だ」と本人には言わない方が良いです。ハラスメント被害の危険が高まります。

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加害者は元被害者

被害を受けたからといってみんなが加害者になるわけではありませんが、加害者は元被害者です。加害することをどこかで学んでいます。

被害者の方には自分の人生を生きていっていただきたいです。加害者を恨んでいいです。自分のために戦っていいです。ただ、加害者がかつての被害者であったという仕組みだけ、どこかで覚えていてもらいたいなと個人的には思います。

私の兄もおそらく自己愛性パーソナリティ障害です。そして私の父もおそらくそうでしょう(重症度はわかりません)。

父は子供たちに支配的で過干渉でしたし、兄は妹である私に何年も精神的暴力をふるい続けました。そしてそれを「兄は病気だからしょうがない」と両親達は傍観していました。妹がいつか殺されるかもしれないとすら思いながら。

私にとって家庭は暖かいものではありませんでしたし、大学卒業後すぐに私は家を出ました。兄は何十年もひきこもりです。いつか孤独死した遺体をめぐって私に連絡がくるでしょう。

父の育ちも過干渉でした。職業の選択の自由はありませんでした。そして病と貧困がありました。母の育ちはいわゆるきょうだい児でした。

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暴力・支配・虐待は、元被害者が次の加害者と被害者になることが多いです。

加害することを覚え、加害することのメリットを知ったら加害者になるでしょう。加害することのメリットを感じず被加害されることにとどまる人は被害者になるでしょう。

健全な自己肯定感、健全な人権意識、健康的な人間関係、そういったものはそれが学習できて初めて身につけることができるものです。

それを知らないということは、それを知ることができる環境に生きていなかったということを示しています。戦争中などはそんなものは無かったでしょうし、平和になった今だからそれらが「あって然るべきだ」と言われています。

私はブログを通して、健康的な人間関係を学ぶ一助になればと思い情報を発信しています。

あなたが幸せに生きること、そしてなるべく多くの人が慈愛に満ちた人との関係を作れるようになることを望んでいます。それは私はもう二度とあんな思いはしたくないし、してもらいたくないからです。

もしこの記事に書いてあることが少しでも読者様の人生のプラスになったのでしたら、こういった気持ちを世の中に広げていっていただければと思います。

自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害)が行うモラルハラスメントでは、加害者と被害者の間に一体何が起こっているのかを図解にしてみました。
今となっては当時キツく当たっていた人達には本当に申し訳ないのですが、私がかつて自己愛性人格障害的な行動をとっていた時のことと、それから今現在に至る回復の過程を書いていきたいと思います。いじめ…自己愛被害で破壊された自尊心 私はいじめに遭ったのをきっかけに、自尊心や心のパウンダリー(
自己愛性人格障害の被害に遭うと被害者までもが自己愛性人格障害にような行動パターンをとるようになってしまう。という現象が実際にあります。 ただ、根本的には人格障害のグレーゾーンになる、といった方がいいのではないかと個人的には思います。本物の自己愛性人格障害の人間には、良心の呵責や

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