自己愛性パーソナリティ障害に友達はいるのか?〜NPDの友人関係

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自己愛性パーソナリティ障害と思しき人が友達の方は、相手について「もしかしてこの人は自己愛性パーソナリティ障害なのでは?」という思いを持つようになった段階で、「本当にこの人は友達なのだろうか?」という疑問も同時に持つようになっていることが多いのではないでしょうか。

今回は自己愛性パーソナリティ障害の友人関係に焦点をあてて記事にしていきます。

自己愛性パーソナリティ障害の友人関係

自己愛性パーソナリティ障害の人は一般的に友人が多く見える傾向にあるようです。

ですが、今まで多く見てきた自己愛性パーソナリティ障害と思しき人達は一様に、「普通の友人」はいないのではないか?と個人的には感じています。

カリスマ性を持った自己愛性パーソナリティ障害は、自分を教祖のようにした一種の宗教的空間を作り上げることに成功しますが、そこでは心の交流とはまた違ったものでコミュニティが維持されています。

また、特にカリスマ性を持たなかった自己愛性パーソナリティ障害の友人関係は「表の顔(いい人を擬態した顔)」で八方美人に良くしている関係か、一対一のような関係性で友達の顔をしながら相手を支配している関係か、といった感じかと思います。

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距離や立場によって見せる顔が違う

自己愛性パーソナリティ障害が見せる顔はその距離によって大きく変わります。表の顔と裏の顔が存在していて、「クラスメート」などの浅い関係では表の顔、一対一になった友人関係では裏の顔を見せることが多いでしょう。
(※一対一でも権力者に取り付こうとしている場合は別)

自己愛性パーソナリティ障害は相手を敵か味方か、上か下か、でしか見ることができないので対等な人間関係を構築することがそもそもできません。ただ、評価というものには敏感なので、年齢を重ねれば知能の発達に伴い「それらしく振る舞う」という学習はしていきます。

迎合する対象には表の顔を見せ、自分が支配できると踏んだ人間には裏の顔を見せて支配対象とします。

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自己愛性パーソナリティ障害は心の交流をすることができない

そもそも自己愛性パーソナリティ障害は共感することができないので、他者と心の交流を持つことが難しい障害です。

「共感的態度」を示すことのメリットを知っているため、表の顔ではそれをオーバーに表現(演技)しますが、心の反応としてそのような態度をとっているわけではありません。

健康な人の言動は、「心で感じたこと」→「表現」となりますが、自己愛性パーソナリティ障害は心がそもそもうまく発達していないので、周囲の表現の模倣としての表現となります。

その表現をする動機は心ではなく、もっと原始的な「欲」です。

自己愛性パーソナリティ障害は「足るを知る」という機能を持っていません。それは「そもそも満たされたことがない」、という生育環境・遺伝的背景によります。(と現代ではされています)
「足りなくて満たされなかった」ケース、「際限なく与えすぎたたため満たされることを感じられなくなった」ケースがあるようです。

底なしの欲を内面に抱えたまま成長してしまったため、心がうまく機能しないんですね。

飢餓感がなくならない状態がずっと続いていて、食べても食べてもその飢餓感が無くならなかったとしたら、人は何かを感じることができるでしょうか?
「それどころではない」ということがわかると、心がうまく機能しないという状態が少し想像できるのではないでしょうか。

飢餓感は無くならないので食べずにいられません。
その飢餓感のままに「一瞬だけ気が紛れる(自己陶酔を得られる)」ことに依存する状態になっているのが自己愛性パーソナリティ障害です。

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疑問を感じた関係は終わりのサイン

友人関係は双方の心があって成立するものです。

残念ながら「その能力を持っていない」ということはそれができないことを意味します。

できるようになれるような適切なケアというものは、友人関係の中でやることは難しいでしょう。夫婦関係でも難しいですし、専門家ですら難しいと言われている障害です。

あれ?と思い始めても、「信じたい気持ち」がある時、人は過去のいいことを探したりします。人間は自分が探している情報をたくさんの情報の中から見つけやすくなる機能を持っているので、あなたの中に「信じたい気持ち」がある限り、それはきっと見つけることができるでしょう。

ですが、「あれ?おかしいな。」という思いを持ち始めて振り返ると、また逆に違和感のある思い出もたくさん見つけられたりします。

健全な人間関係の中にはそうそう何度も違和感は生まれません。
違和感は本能からの警告です。

「何かおかしいな」と感じたその関係は、冷静になって少し距離を置いて様子をみてみてください。二人の関係に変化が生まれた時、相手の出方が大きく変わることがあります。

自己愛性パーソナリティ障害の友人関係(支配関係)の距離感は異様です。
それは自分と他人の心理的境界を築くことができないことに起因します。

少し距離ができた時、「見捨てられそうになった」かのように執拗に距離をつめようとしてきたり、逆にあなた対してとても冷たくなったり攻撃的になったりすることがあります。

このような、健全な友人関係においては見られないような反応が見られたらそれはもう赤信号でしょう。

私が自己愛性パーソナリティ障害と思しき人と距離を置こうとした時、相手はとても攻撃的になり執拗に脱価値化※をしてきました。※価値を値引く言動
無視をしたり、「あなたが悪い」という内容の手紙を一方的にいきなり渡して去っていったり、ネガキャンをしたりといった行為です。

こちらにしばらく遊べない「事情」があることを伝えて距離を置こうとしましたが、それを思いやるようなことは無く、端的に言えば「自分の荷物を押し付けることができなくなったことについての怒り」を伝えてきました。

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自己愛性パーソナリティ障害の人間関係は「癒着」

自己愛性パーソナリティ障害は「親しくなった」友人に「癒着」します。

癒着とは、人の境目がなくなってしまう状態です。健全な関係においては、一人の人は一人の人として独立しており、その距離・距離感も移動することが可能です。

ところが、癒着の関係にあると簡単に離れることができませんし、離れる時はそれこそ「癒着」しているので身を引き剥がされるような痛みを伴います。

多かれ少なかれ、人は会えないことなどに寂しさを感じることはあります。ところが自己愛性パーソナリティ障害のそれは異常な行動に見て取れるように、癒着対象との距離が開く時は病的な内面があらわになる瞬間でもあります。

読者の皆様はどうか、一人の人として尊重し合える友人関係を大切にしてください。

他にも人間関係の悩み・自己愛性パーソナリティ障害に関する記事を多数書いておりますので是非参考にしてみてください。

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コメント

  1. 匿名 より:

    こんにちは

    >私が自己愛性パーソナリティ障害と思しき人と距離を置こうとした時、相手はとても攻撃的になり執拗に脱価値化※をしてきました。※価値を値引く言動
    無視をしたり、「あなたが悪い」という内容の手紙を一方的にいきなり渡して去っていったり、ネガキャンをしたりといった行為です。

    3年前、本当にこれに苦しみました
    手紙やチャットをお見せしたいくらいです
    金を支払え、横領で裁判起こすとまで言ってくるので、日常生活がこれ以上破壊されたくなく、警察にも相談しましたが、あまり相手にしてもらえませんでした

    二次加害もほんとありますよね
    未だに全回復とはいきません

    • kinimini より:

      こんにちは。
      承認が遅くなりました。すみません。

      NPDの行動は防衛機制の反応なので、基本的にパターン化されています。
      相手のことがわからずに被害を受けているときは混乱することもありますが、相手がどういう存在なのかをしることで気持ちが楽になることもあるかと思います。

      相手の問題を相手の問題だと納得することが癒やしにつながると思います。
      どうかご自愛ください。