仲良くないのに絡んでくる友達の心理/自己愛性パーソナリティ障害

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自己愛性パーソナリティ障害(自己愛性人格障害)の行動パターンはいつも一緒。
それが通常の障害と同様に「障害」故の行動だからです。

執拗に絡んでくる人というのがいます。
自己愛性パーソナリティ障害の典型的な行動パターンのひとつです。距離を取りたいと思っていても隙きあらば近づいてきて話しかけてきます。そしてその内容は大概聞きたくもない自慢話か「あなたよりも私の方がすごいのよ」というマウンティング、他人の批判や悪口。

彼らは自分ひとりで自分の人生を充実させて生きることができません。
なぜなら人格の障害だからです。アニメ作品で例えるならカオナシのような存在なんですね。

周囲の反応をみながら、価値のあるものを身に着けて(るつもりになって)周囲に示すことで自分に価値があるということにしたがります。そして自分を保とうとするんですね。ですが実際にはブラックホールのような内面を抱え、自分ひとりでは自分を保てない存在です。

カオナシは千尋に絡みます。
あれは誰からも「招かざる客」という扱いを受けていたカオナシにとって、千尋はそうではなく、思いやりをもって中へ招いたからですね。それにより自分を受け入れてくれると感じてしまいました。

自己愛性パーソナリティ障害も同様に「受け入れてもらえる」と感じた相手に依存・執着していき、支配していきます。自分は「何か」を持っているんだぞ、と示しながら。

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自己愛性パーソナリティ障害は相手を選んでいる

だいたい自己愛ホイホイのようにしょっちゅう自己愛性パーソナリティ障害のターゲットになる人間と、そんなことは滅多に無い人間とに分かれます。もちろん必ずターゲットにならないとは言いいませんが、「誰でも良かった」と語る犯人が女性や子供ばかりをターゲットにして屈強な男性は狙わないのと同じですね。

絡まれる人は自己愛性パーソナリティ障害の人間からみて「受け入れてくれそう」と思われています。

その殆どのケースは「我慢しがちな他人に優しい人(自分には優しくない)」というだけで本人は積極的に付き合いたいなどとは決して思っていないのが実情ですが。

なぜ絡んでくるのか?

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自己愛性パーソナリティ障害は自他の境界を獲得することに失敗しています。いわば母親から適切に離れることができなかった子供のような存在なんですね。

赤子には後追いをする時期があり、養育者の姿が見えないだけで泣きわめきます。トイレに行く一瞬ですら静かに待つことができず不安感から泣きわめきます。自己愛性パーソナリティ障害の人間はそれと同じようなものです。

一人ではいられません。また、自分の感じていることと執着した他人(擬似的な親)は感じていることが違うのだということを認識することもできません。

泣けばお乳を与えてくれる母親のように、自分の欲求を他人が満たしてくれることを当然だと感じていますし、自分の不安感はやさしく埋めてくれることを欲しています。赤子のそれが無意識で当然であるように。そしてそれが叶わなければ「ギャン泣き」するのですね。

見た目や知能は大人のように見えても、その核となる部分が未発達なままです。行動パターンは乳幼児と変わりません。

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絡まれないためには?

正直、検索してこちらのページきている人=「すでに絡まれてしまっている人」が絡まれなくなる方法というのは難易度が高いです。

一度執着した対象ということで、愛情(のように本人が誤認しているもの、実際は自他の境界が未分離な執着・依存)を拒絶することによりそれが憎悪に変わる危険性があるからです。

自己愛性パーソナリティ障害は早い話、逃げるが勝ちです。そもそも関わってはいけません。一定以上の距離感から先を許してはいけません。

侵入を許したら最後、自己処理できない全ての不快な感情を受け入れてくれる存在=擬似的な母親認定になってしまうんですね。しかも本人は無意識です。自分を捨てた母親に対する感情が一筋縄ではいかないのはおわかりいただけるかと思います。

一番被害を最小限に押さえる現実的な話としては、所属しているコミュニティを変えることです。損切りだと思わなければどんどん被害者は感情のゴミ箱として利用され、健康だったはずの精神が汚されていきます。

残念ですが、「運が悪かった」。それに尽きます。

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これは個人的な体験談ですが、高校生の頃に今思えば自己愛性パーソナリティ障害の傾向を色濃く持った人と接触してしまったことがありました。もちろんまだ人格形成の途中にあたるので診断すら出ませんが、執拗に付きまとっては嬉しそうに自慢話とマウンティングを繰り返し、ベタベタと私に触り笑顔で「いじめたくなる」と言いました。

不快極まりなかったのですが、当時の私はなるべく穏便に済まそうと我慢していました。しかしそんな我慢は続かないもので、いつしか所属していたコミュニティ自体が私にとってもはや不快な場所になってしまったためそのコミュニティを唐突に去りました。

「辞める」と言った時の相手の絶望にも似た表情はとても印象深かったです。そしてそれから一年後運悪く同じクラスになってしまったのですが、とにかくクラスの中で私を貶めることに必死になっている相手がそこにはいました。

一度ターゲットになり、執着対象になってしまうと穏便に離れるのは難しいです。

とにかく最初の段階で相手を許してはいけません。
「こいつはいける」と思わせてはいけません。
我慢してはいけません。
「舐めた態度をとると刺すぞ」、とでもいう雰囲気を発していただきたいです。

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絡まれやすい人について

これについてはまた後日詳しく記事を書きたいと思います。

率直な書き方をすると、自己愛性パーソナリティ障害は自分に欠落しているものを他者を支配することで補い生き延びることを学んだ人間です。対して被害に遭いやすい人物像というのも確実に存在します。それは「支配を受け入れることで生き延びる」ということを学んでしまった人間です。

だいたい生まれ育った経験の中でそのような傾向をかたちづくるきっかけがあるケースが殆どです。アダルトチルドレン、被虐待児、そういったキーワードが関連する話になってきます。または、他人の感情に同調しやすいエンパス体質、HSPとも関連があります。

自分を犠牲にしてまで他人を優先することは自分を自ら不幸にしているかもしれません。
よく被害に遭ってしまう方には自分を大切にすることを学んでいっていただきたいです。

いつもどこへいっても厄介な人ばかりが近づいてくることに困っている人はいませんか? 目次・逃げられる人と逃げ遅れた人&逃げられない人の違い・なぜ逃げられないのか?・我慢が我慢を呼ぶ環境・見えにくい虐待・自分を不幸にする我慢癖を手放す
人間が社会生活を営んでいく上で避けて通れない人間関係だからこそ、なるべく心地よい関係を築いていきたいですね。 人間関係というのは一人の問題ではなく、相互のやり取りから生まれるものです。ですから、いつもどこに行っても似たような境遇になるという場合、だいたい自分自身の傾向と相手の傾向
アダルトチルドレンの皆さん、お友達いますか?付き合うのが苦痛な友達…フレネミーに囲まれていませんか?「友達はつくるものではない、自然とできるものだ。」というのは、健康な人にのみ当てはまることです。アダルトチルドレンが「自然に」人間関係を構築した場合、それは殆ど依存関係になります。

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コメント

  1. 山本 真生 より:

    虐待家庭で育ち、dv夫との離婚、立ち直ったつもりでお付き合いした人全て自己愛性パーソナリティ障害で人生に疲れ果てて、こちらのブログに辿り着きました
    とても勉強になります
    前向きになれるお言葉の数々に勇気ずけられます
    本当にありがとうございます

    • kinimini より:

      こちらこそコメントどうもありがとうございます。
      しっかりとご自身を癒してあげてくださいね。